蓮の華・歩くということ

私は同じ本を、何度も繰り返して読むタイプ。

 

何度も読んでいるはずなのに、ある箇所の文章がその日は心の中にすっと入って、この言葉を聞くために、今日はこの本を開いたのだと想う瞬間が度々ある。

 

昨夜も同じことが起こった。

 

歩くということ。

 

その人は歩くことは祈ることだと。ある建物の中に入ってひざまずいた瞬間に、何に対して祈っているのかわからなくなる時があると。建物のなかに入らず、歩きつづけているとき、祈っていることに気づく、ロザリオを握りしめて。

 

足をひきづってホコリをかぶりながら、磁場にしたがって歩きつづける。

 

「歩こうという」などというどうでもいい自分の意思など、そこには存在しない。

 

そのとき、ふとデジャブーがおこる。いつの時代か、どこの時代かわからない。

はじめて訪れた土地だったり、はじめてともに過ごすひとだったりするのに、どうしようもなく懐かしくなる瞬間がある

 

ひとはそれを夢で見たような・・・ きっとそれは、時空を超え 遥か彼方と繋がってよみがえった記憶。

 

 


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